リバプールといえば、ビートルズの出身地として世界中の誰もが知っているというほど有名な港町。ビートルズ博物館やメンバー由来の場所を巡るビートルズツアーなどは、観光客に人気のアトラクションです。そのリバプール郊外に、これを見るためだけに訪れる価値があるというパブリックアートがあるのをご存知でしょうか。
さきほど「設置されている」と書きましたが、実際にこの彫刻作品を目の前にすると、まるで本物の人間と見紛うさまに、むしろ「たたずむ」「立ち尽くしている」といった形容のほうが適する気がします。
博物館では許されないことですが、砂浜にたたずむ彫像にそっと手を触れてみました。イメージしていた鉄の冷たさはなく、それはむしろ石のようで、ごつごつしながらも、どこか少し温かみを感じるようでした。
思いに耽っているのか、何かを憂いているのか。表情を読み取るのが難しい彫像の横に立ち、遠く先の方に立ち尽くすほかの彫像を見つめていると、メディテーションをしているときと似たような、静かな気持ちになりました。波の音が遠くに聞こえていたはずなのに、それが止まってしまい、静寂の中にただよう自分。ふっと、足元を見て、履いていたスニーカーが泥に汚れているのに気づいたのは、15分ほど経ったあとだったでしょうか。
アーティストの強いこだわりの元、再び100体の人像がクロスビー・ビーチに並んでからさらに3年の月日が経ちました。果たしてこれから先、本当に1000年もの間、このアナザー・プレイスの鉄の男たちが残っているかどうかはわかりません。でも、この場所を訪れた人はきっと誰もが、人と自然との関係や地球、そして時間について、水平線を眺める彫像のように佇み、静かに考える、まるで瞑想をするかのような時間を過ごすはずです。
刻々と変わる光と海を見つめる彫刻。
それが見られるのは、クロスビー・ビーチと呼ばれる浜辺。海に沿って、およそ3kmにわたって設置されている人間の姿をした100体の鉄製の彫刻作品“Another Place(アナザー・プレイス)”です。これはイギリスで最も著名な現代アーティストの一人、アントニー・ゴームリーの手によるもの。実は5年ほど前に一度このビーチを訪ねたのですが、その時は雨が降っていて、海には霧がかかっていて見通しが悪く、“The Iron Men(鉄の男たち)”と呼ばれる鉄の人間像をはっきり見ることができませんでした。それ以来、いつか必ずここに戻ってきて、浜辺から海に並ぶ人間の姿をしたアート作品を、この目に焼き付けたいと思っていたのでした。 海辺の入り口にある案内。遠くにある彫刻のところまでは近づかないようにとの注意が。
今回はラッキーなことに、引き潮の時に浜辺に到着することができ、とうとう念願のThe Iron Menを見ることができました。 さきほど「設置されている」と書きましたが、実際にこの彫刻作品を目の前にすると、まるで本物の人間と見紛うさまに、むしろ「たたずむ」「立ち尽くしている」といった形容のほうが適する気がします。
潮の満ち引きによって、見える部分が変化する。
650kgあるという鉄製の人物たちは、誰もがみな海(水平線)を見つめています。アントニー・ゴームリー自身をモデルにしたという彫刻は、近寄ってみれば錆びついていたり、傷がついていたり、フジツボがついていたり、苔むしている部分がありました。つまり、生身の人間とはまったく違うのです。ところが、遠くに見える姿は人間のシルエットそのもの。この作品が設置された2005年当初は、海の中に沈んでいく彫刻を見て、救助を求める電話が沿岸警備隊のもとにかかってきたこともあったというのもうなずけます。 博物館では許されないことですが、砂浜にたたずむ彫像にそっと手を触れてみました。イメージしていた鉄の冷たさはなく、それはむしろ石のようで、ごつごつしながらも、どこか少し温かみを感じるようでした。
博物館に飾られたミイラのようにも見える。
浜辺には長靴を履いて分厚い防水コートを着込み、万端の装備で彫刻を囲んで記念撮影をする家族や、犬を連れて散歩するカップルなど、観光客と地元の人たちが半々という具合で、皆思い思いに彫刻との距離感をもちながら、時間を過ごしています。 思いに耽っているのか、何かを憂いているのか。表情を読み取るのが難しい彫像の横に立ち、遠く先の方に立ち尽くすほかの彫像を見つめていると、メディテーションをしているときと似たような、静かな気持ちになりました。波の音が遠くに聞こえていたはずなのに、それが止まってしまい、静寂の中にただよう自分。ふっと、足元を見て、履いていたスニーカーが泥に汚れているのに気づいたのは、15分ほど経ったあとだったでしょうか。
小学生くらいの子供たちが語りかけていた人物は、何も答えずに前を向いている。
作者のゴームリーは、この「アナザー・プレイス」以外にも、自身をかたどった彫刻作品を数多く発表しています。彼曰く「人体とは記憶と変化の場所」であり、鋳鉄製のこの作品が「産業化石」として、1000年後も存在することを望んでいるのだとか。 情報というノイズから離れた場所に静かに佇む。
そうしたゴームリーの意図の元に作られた彫像は、生身の人間よりも長く生き(?)ながらえるはずでしたが、長い時を経て泥の中に埋まってしまったり、体が傾いてしまったものがあります。英国一般紙「ガーディアン」によれば、そうした状況を受けて、2019年にそれらを復旧させるプロジェクトが開始されました。パンデミックの影響で一旦中止されたものの、2021年にはゴームリー自身が指揮をとって、行方不明の彫像や、向きがずれてしまった作品をもとに戻す作業を再開しました。 アーティストの強いこだわりの元、再び100体の人像がクロスビー・ビーチに並んでからさらに3年の月日が経ちました。果たしてこれから先、本当に1000年もの間、このアナザー・プレイスの鉄の男たちが残っているかどうかはわかりません。でも、この場所を訪れた人はきっと誰もが、人と自然との関係や地球、そして時間について、水平線を眺める彫像のように佇み、静かに考える、まるで瞑想をするかのような時間を過ごすはずです。
*Another Place by Antony Gormley
住所: Mariners Rd, Blundellsands, Liverpool L23 6SX
マクギネス真美
英国在住20年のライフコーチ、ライター。オンラインのコーチングセッションで、人生の転換期にある方が「本当に生きたい人生」を生きることを日本語でサポート。イギリスの暮らし、文化、食べ物などについて書籍、雑誌、ウェブマガジン等への寄稿、ラジオ番組への出演多数。
音声メディアVoicy「英国からの手紙『本当の自分で生きる ~ 明日はもっとやさしく、あたたかく』」にてイギリス情報発信中。
ロンドンで発行の情報誌『ニュースダイジェスト』にてコラム「英国の愛しきギャップを求めて」を連載中。
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