ロンドンのバーを読み解く | BRITISH MADE (ブリティッシュメイド)

Absolutely British ロンドンのバーを読み解く

2025.02.07

私があまり飲めるクチではないと言うと、たいていの人が笑みを浮かべ、「ご冗談を」とばかりに目の中を覗き込んでくる。いや、本当に量は飲めないのだ。ワインならグラス1杯で十分。スピリッツなんて飲んだらほんのシングルで酔っ払ってしまう。しかし今日は、バーという特殊な空間について考察してみたいと思う。むろん、ロンドンのバーのことだ。

バーはいい。地下にあるとより良い。ギラギラしたバーよりも、ほどよく行儀のいい、渋めのバーが好みだ。仄暗くハンサムなバーに足を踏み入れると、それだけで胸が高鳴る。せっかくいい雰囲気なのに、節操なく音楽のボリュームを上げるようなバーはいかがなものかと思う。シティ界隈にはそういう場所が多いので、なるべく避けるようにしている。

静かで雰囲気の良いバーでは、会話も上質なものになる。空間が人の会話を左右するのだ。パブで話すことと、バーで話すことは似ているかもしれないが、着地点は若干違うものになるのではないか。バーは会話を育てるが、パブはときに飲酒と共に会話を散逸させるものだ。

大体バーにはドラマがある。パブでもドラマは起こっているが、バーのそれとは少し違う。バーで展開されるドラマの方が静かだが見ていて奥深く感じられるし、仄暗い空間で人と人があたかも秘密を分け合うかのように目配せする様子は、芝居の一場面のようでもあり興味が尽きない。

実は昔、「イギリスにはバー文化がない」と一人嘆いていた。日本で当たり前の「オーナーが一人で切り盛りしているような、静かで小さなバー」がほぼ存在しないのである。しかし最近は別の形でバー文化が根付いていると気づいて、見方を少し変えたところだ。昨秋あたりからなぜか仕事でバーを巡ることが多い。つい最近は企業マーケティングの手伝いで40をくだらないバーを一気に回ることがあった。そんな中で得たことも、今日はシェアできたらと思う。

ロンドンのバー 江國まゆ五つ星ホテル「マンダリン・オリエンタル」併設のバー。非常にクールなタイプで止まり木も座り心地良さそう。お客さんは落ち着いた雰囲気のファッショナブルな人が多い。
多くのバーを訪れると、バーテンダーの性質もいろいろだと気づく。生真面目なタイプもいれば、おしゃべりな人、おちゃらけた人、そして気遣いの人など。カウンター内にもドラマがあり、観察するのは楽しい。バーテン同士の会話や仕草、合図・・・バーにいるスタッフも客も丸ごと、一夜限りのドラマを盛り上げる役者なのである。

ロンドンのバー 江國まゆこちらは五つ星ブティック・ホテル併設の「Manetta’s Bar」。バーテンダーさんが全員コメディアンのようで楽しかった。また行きたいな。

トレンドは?

ロンドンはここ数年アガベ・バーが大流行り。元々テキーラが大好物だったロンドナーが、今度はメスカルをはじめアガベ原料の別スピリッツの虜に。近年アガベをテーマにした新しいバーも立ち上がっている。たとえばミシュラン一つ星のメキシカン「KOL」併設の「KOL Mezcaleria」、NoMadホテルの「Side Hustle」などがおすすめ。アガベを使ったカクテルも大人気だ。

カクテルは大きな意味で近年のトレンドであり続けている。目が覚めるようなカクテルを作る凄腕のミクソロジストたちは神と崇められ、多くのバーテンダーたちにインスピレーションを与えている。もちろん飲まないZ世代がますます成長するにつれて、低アルコールのカクテルも進化を続けているところだ。おかげで2杯目でアルコールを抜きたい時でもカクテル・グラスでカッコよく決めることができる。

コーヒーやチョコレートを使ったカクテルの人気も高い。定番のエスプレッソ・マティーニはさまざまなヴァージョンが登場しており、食後に甘いものを食べないという人たちのデザート代わりになって久しい。またコーヒークリーム味が優しいアイルランド伝統のベイリーズを使ったカクテルも、今後はさらに増えていくと予想されている。

ロンドンのバー 江國まゆコベント・ガーデンの「Side Hustle」。アガベ・スピリッツが得意なメキシカン・バー。バーテンダーたちも陽気で楽しく南米的。インテリアもクールで目下お気に入りのバーです。

隠れ家バーってあるの?

この「隠れ家バー」はロンドンではなかなか定義が難しいカテゴリー。前述したように、10名程度しか座れないような小さなバーがほとんど存在しないからである。もっとも紳士クラブのような本当の秘密バーは数は少なくてもあらゆるロケーションに存在する。しかしここでは一般の人が出入りできるバーをご紹介したい。

規模だけで「隠れ家」かどうかを判断するのも難しい。例えばレスター・スクエアのど真ん中にあるピカピカのカジノ、ヒポドロームの地下に、ほどよいサイズのクラシック・バーがあることを知る人はロンドナーでもまだ少ないだろう。この「Archive & Myth」は昨夏オープンしたばかりで、入り口が分かりづらく看板も出ていないのでまさに「知る人ぞ知る」バー。仕掛け人はロンドンでも有名なバー・コンサルタントである。

東ロンドンには無数のバーがあるが、ホクストン・スクエアの一画に10年以上佇む「Happiness Forgets」は日本人の目から見ると、かなり正統派の「隠れ家バー」。場所が分かりづらく、小さくて、地下にあり、薄暗く、非常にインティメイトな雰囲気。そんな懐かしいバーをお探しのあなたはぜひ。こだわりのドリンクにも注目。

自称「隠れ家バー」もある。一昨年オープンした高級ホテルRaffles London at The OWOの地下にできている「The Spy Bar」は、入り口を隠し、写真撮影を禁止し、秘密クラブのように仕立てたバー。アストンマーティンが飾られたバーカウンターなど、007 テーマのインテリアもなかなか楽しい。

ロンドンのバー 江國まゆArchive & Myth。ヒポドロームの地下というロケーションからどんなにキラキラ系かと思いきや、驚くほど普通のバー。しかしドリンクの品揃えは一筋縄ではいかない。少し日本のバーっぽい雰囲気。
ロンドンのバー 江國まゆカメラを向けづらい小さなバー「Happiness Forgets」。壁の一画にもストーリーあり。

ナチュラル・ワインに要注目

ちょっと脇道にそれて、ワイン・バーを見てみよう。ロンドンにワインを専門とするバーは無数にあるけれど、近年のトレンドはズバリ、ナチュラル・ワイン。ナチュラル・ワインを出すバーに行こうと言うと、昔はよく「ナチュラル・ワインって何? オーガニックとどう違うの?」などと聞かれたものだが、最近は尋ね返されることもない。すっかり定着しているようだ。

昨年オープンして私も夢中になってしまったのが、イズリントンの「Goodbye Horses」。隠れ家ロケーション、上質、グッド・ヴァイブといったキーワードを体験したい人はここへぜひ。ヴァイナル返りしている音楽好きロンドナーたちも常連だ。

東ロンドンの隠れ家として話題の「Yuki Bar」は、ヨーロッパの業界を渡り歩いてきたすごい日本人が経営するとっておきナチュラル・ワイン・バー。昨年のオープン直後から話題をかっさらい、ワインはもちろん食事も美味しいと評判も上々。ここへ行くと、ローカルの人たちが羨ましくなる。

ロンドンのバー 江國まゆワインのボトル・ショップがバーを併設している場合もある。
ロンドンのバー 江國まゆハックニーのYuki Bar。コペンハーゲンのNOMAやパリでソムリエをされていたというカネコ・ユキヤスさんがオーナーさん。

ミュージック・バーで空騒ぎ

イギリスは大音量バーが多く、声を張り上げて話しているとしまいには喉が痛くなって辟易することがあるが、好みの音楽をかけてくれるバーは大歓迎。その点、東ロンドンのダルストンはホット・スポットだ。ポップな日本風おつまみと組み合わせた「Brilliant Corners」、凄腕バーテンダーがいる同系列の「Mu」は音楽センスがよくおすすめ。ダルストンはミュージック&バーというテーマでは最も強いエリアかもしれない。

お隣のショーディッチにも「Nightjar」などのカッコいいライブ音楽バーがあるが、ちょっぴり泥臭い「Troy Bar」も世界クラスのミュージシャンが空いている時間にひょっこりやってくることもある老舗として引き続き注目。カリブ海料理が名物。

中心部ならスミスフィールドからコベント・ガーデンに移転した「Oriole Bar」がイチオシ。バンドもいいけど食事が美味しいのも高得点なのである。ホルボーンにある五つ星ホテルRosewood内「Scarfes Bar」は毎夜スムーズなジャズ演奏が繰り広げられ、心地よい時間を過ごすことができる大人空間。もっと庶民が集まるバーのとっておきは、リバティ裏手カーナビー・エリアにある「Ain’t Nothin But… The Blues Bar」が最強。老いも若きも、新人もベテランも集まるSohoの人気者だ。

シティならホテルThe Nedの「Nickel Bar」が最高。ライブ演奏の舞台が高みに設置され、ゴージャスなインテリアと相まって特別な時間を過ごせるはず。折に触れて新進気鋭のミュージシャンをサポートするイベントも開催している。

ダルストンのMuは渋くてエンターテインメント性も高い大人のバー。
ロンドンのバー 江國まゆ ロンドンのバー 江國まゆOriole Barは中心部のアクセスの良い場所にあるので、観光の後で簡単に立ち寄ることも可能。

アートと日本

ロンドンの本格バーは少し敷居が高くて足を向けづらいという方には、カジュアルで気軽に立ち寄れる場所もご提案したい。たとえばナショナル・ポートレート・ギャラリーの地階にはカクテル・バー「Larry’s」があり、著名人のポートレートに囲まれ、彼らにちなんだ特製カクテルをいただくことができる。鑑賞のついでに気軽に立ち寄れるのが嬉しい。

ロンドンのバー 江國まゆLarry’sは公共美術館併設にしては、なかなかおしゃれなバーなのだ
その他、ダルストンに昨年立ち上がった実験的バー「A Bar with Shapes for a Name」はかなり特殊な活動をしている異色のバー。20世紀初頭のバウハウス的な価値観に触発され、カクテル開発のためのラボ、ワークショップ空間、レクチャー・ルームとして稼働しているのだ。その成果が分かるキュレートされたカクテルをいただけるバーとしてもカリスマ的な人気を誇っている。

日本発の各種スピリッツをお求めなら日系ホテル、プリンス・アカトキの「The Malt Lounge」がシビレるほど素敵。数百万円する日本のレアなウイスキー・ボトルから、日本酒を使ったカクテルまで、さまざまなプレミアム体験が可能。メイフェアに新しく登場している「Nipperkin」はスーパーシェフ、遠藤和年さんのNijuレストランに併設。ヴィジョンを持つミクソロジストが自家製リキュールを組み合わせて非常にクリエイティブなカクテルを作ってくれるクラフト・バーであり、ロンドンのトレンドを見せてくれる場でもある。

ロンドンのバー 江國まゆプリンス・アカトキの「The Malt Lounge」。木材をふんだんに使った美しい空間。ボトルを見ていると時が経つのも忘れてしまう。
さて、最近のお気に入りも含め、ざっとロンドンのバーを読み解いてみた。それぞれの醍醐味はぜひ実体験していただきたいというのが、私の願いである。

バーって人間で言うと、深層心理に当たるのではないかと思う。カフェやパブが表層的な意識で、レストランがその中間だとしたら。

だとしたら、バーで作る会話を大切にしたい。少なくとも私はそう思う。もっとその人を知りたいと願うなら、パブではなく、バーに誘ってみる。これ都会的なメソッドの一つ。あなたもお試しあれ。

Text&Photo by Mayu Ekuni


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江國まゆ

ロンドンを拠点にするライター、編集者。東京の出版社勤務を経て1998年渡英。英系広告代理店にて主に日本語翻訳媒体の編集・コピーライティングに9年携わった後、2009年からフリーランス。趣味の食べ歩きブログが人気となり『歩いてまわる小さなロンドン』(大和書房)を出版。2014年にロンドン・イギリス情報を発信するウェブマガジン「あぶそる〜とロンドン」を創刊し、編集長として「美食都市ロンドン」の普及にいそしむかたわら、オルタナティブな生活について模索する日々。

http://www.absolute-london.co.uk

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