ありのままの自然から理想的風景をつくり出す「英国式庭園」
英国式庭園の礎になったとも言うべき、クロード・ロラン*の絵画
私たち日本人が世界に誇るべき事象が見直される今、その一つに挙げられるのが「日本庭園」だ。しかし庭園に一家言あるのは、日本だけにあらず。イギリスもまた多くの美しき庭園を有し、その美的感覚と自然を愛でる感覚は、広くイギリス国民に根付いている。新緑の美しい今の時期にこそ、「英国式庭園」の魅力を探ってみたい。「英国式庭園」の特徴とは何か? まず、その成り立ちを知るのに役立つのが、対照的と言われる「フランス式庭園」の存在だ。フランスの庭園文化は、権力者たちが自身の支配力を誇示するために生まれたと伝えられている。そのため壮大な広さともに、いかにも“自らがつくり上げた”と言わんばかりの、人工的でつくり込まれたデザインを特徴として、17世紀後半に大流行した。
そんなつくり込まれたフランス式庭園に対する嫌悪感から、18世紀初頭に誕生したのが、英国式庭園。「風景式庭園」とも呼ばれる通り、自然の景観美を取り入れた作庭技法がその最大の特徴である。その成立の背景には、眺めているだけでうっとりしてしまうような理想的風景を追求したフランス人画家、クロード・ロランの流行があったようだ。
ありのままの自然の姿を保ちながら、それでいて理想的な風景……。当時、ロランの描く絵画に魅了された英国貴族たちは、この世界観を現実の風景にも求め、新たな造形をもつ庭園を編み出した。
大きな歴史的意味合いを持ち、英国人に愛されるバラの花
イギリス王家の歴史を象徴する紋章“テューダー・ローズ”
人工的なフランス式庭園から一転、生まれ持った自然の形を重んじながら美しい風景をつくり出し、自然回帰の風潮をもたらすに至った英国式庭園は、いわばイギリス人にとって立派なアイデンティティの一つ。それゆえか庭園を愛する文化は、現代の英国人にもしっかりと根付いている。ロンドンのフラット(日本で言うところのアパート)に住む若者でさえも、ベランダに小さな自然風景をつくり、ガーデニングを楽しんでいるようだ。そんなガーデニングを愛する英国人が、とりわけ特別な存在として慈しむのがバラだ。何を隠そう、バラはイギリスの国花である。15世紀後半、ランカスター家とヨーク家のあいだでイギリス王位継承を巡る内乱が起こったが、このときランカスター家は赤いバラを、ヨーク家は白いバラを紋章として戦う。
両家が争うなか、味方同士でもあらゆる内紛や裏切りが勃発し(何ともイギリスっぽい!)、混迷を極めるが、結果的にはランカスター家が王家を継承し、ヨーク家から妃を迎えることで終結。このことの象徴としてランカスター家の赤いバラのなかにヨーク家の白いバラを収めた“デューダー・ローズ”が新たな紋章としてつくられ、バラは英国人にとって歴史的意味を持った花となる。
バラの見頃はまさにこれから。英国式庭園で憩いの週末を
週末はイギリスの庭に咲くバラを感じるショートトリップへ
イギリスの国花であるバラだが、まさにこれから、6月に見頃を迎える。無論、英国式庭園の魅力を紹介したからには、例えばハイドパークと地続きに繋がる「ケンジントン・ガーデン」や、バラ園を有する「ハンプトン・コート・パレス」など、現地に赴いて堪能してもらいたいところだが、ご安心あれ。日本でも英国式庭園や、そこに咲き誇るバラを楽しむことができる。おすすめしたいのが、横浜駅から無料の送迎バスも走る「横浜イングリッシュガーデン」。その名の通り、英国式の庭園が広がるが、バラが横浜市の花に指定されていることから、約2000坪もある庭園の主役はバラ。なんと1300種ものバラが咲き誇り、その他の植物も加えると3000種以上の植物が楽しめる。
レジャーにもってこいの季節に自然を愛でる……。これだけで十分、風情のある週末が過ごせそうだが、たとえ庭園や自然に興味のない人でも、きっと英国式庭園には、グッと心をつかまれるはずだ。なぜなら英国式庭園が持つアイデンティティ「ありのままの自然の形を重んじる」という点が、私たち日本人が誇る日本式庭園のアイデンティティと共通している。この大きな共通点を持ちながら、英国式はより写実的に植物を配し、日本式はより象徴的に配するのが特徴。庭園を訪れたなら、その共通点と違いについても見定めてほしい。