近年、イギリス産のおいしいワインが続々登場しているのをご存知でしょうか。ワイン消費の多さでは世界的に知られるイギリスですが、ワイン産地としては、まだまだ認知度は低いかもしれません。というのも、寒冷な気候のイギリスでは、ぶどう栽培は難しいと考えられていたからです。
でも、ここ数十年の間に、温暖化の影響などもあってか、イギリス国内でのぶどう栽培、ワイン作りをする人々が増え続けています。そのため、今ではイングランドとウェールズで、合計700ほどのぶどう畑(商業的なものは540)を数えるほどになりました。また、2017年に生産されたワインは590万本といいます。
このように、イギリスでのワイン生産が活気づく中、バイオダイナミック農法によって、農薬や化学肥料などをいっさい使わず、「オーセンティックなイギリス産ワイン」作りをしているというブドウ園があると聞いて、訪ねてみました。
場所はイングランド南西部サマセット地方。チュウ・ヴァリー・レイク(Chew Valley Lake)という湖を見下ろす丘にある、ライムバーン・ヒル(Limeburn Hill)です。
ここで、2015年からブドウ栽培を始めたのが、ジョージーナさんとロビンさん。二人ともランドスケープ・アーキテクトということもあり、もともと自然や環境に強い興味を持っていました。それがあるとき、イギリス国内のオーガニックワインのブドウ園を訪ね、そこで口にしたワインのおいしさに驚いたのだといいます。そして、自分たちもブドウを育ててみたいと思ったのが始まりでした。
「2015年に1800本のブドウの苗を植えました。その時は、家族や友人を招いて、みんなでパーティをしながら植えつけをしたのですよ。」とジョージーナさん。
自然との共生、サスティナビリティの重要性を知る二人は、もともとオーガニックでブドウを育てたいと考えていました。そして、偶然にもパリのB&Bで、バイオダイナミック農法でワイン作りをしているというカップルと出会ったのだそうです。
「彼らがバイオダイナミック農法について話し始めた途端、これが自分たちのやりたいことだと気付いたんです。」ロビンさんの口調は、まるで運命に導かれたとでも言いたげです。
まず、重要な考え方は、農園自体が生命体であり、周りの環境、自然、動物や人々と共生しながら、どのように美しく暮らしていくかだといいます。
「たとえば、ブドウ園の一部で、その土壌を肥やしたいと思ったとき、どこかまったく知らない場所から運び込んだ肥料を与えるのではなく、農場内にある木の枝を切って砕き、それを土に返して肥やす、といったことです。」
もう一つは、太陽、月、星のリズムに従って作業をすること。具体的には、月の周期に応じて、植え付け、収穫、瓶詰めなどの日にちを決めるのだそうです。
「毎年、ドイツで作られているバイオダイナミックのカレンダーを入手して、作業日程を考えます。それには、根の日、葉の日、花の日、実の日と4つの区別があります。植え付けをするなら『根の日』を選ぶ。もちろん、すべての作業をカレンダーに合わせることは不可能ですが、それでもできる限り合わせるようにしています。」
「かき混ぜて泡が立った様子を見ると『まるで魔術のようだ』という人がいますが、確かにそんな気もします。」とロビンさんは笑います。
イギリスにはまだ4カ所しかないという、バイオダイナミック農法によるワイン作りを始めた二人は、本を読んだり、ワイン作りのコースにいくつも通ったり、ワイン専門家の話もたくさん聞きにいったそうすが、何より大切なのは「自分たちでやってみること。」だと感じています。
「もともとは、ブドウの収穫を終えたら、ワイン作りは専門家に任せようと思っていたのです。でも、自分たちでワインも作りたいと思うようになったのは、他人の手に任せてしまったら、そこで一体どんなものが加えられているのか、自分たちにはわからなくなってしまうということに気付いたからです。それよりも、自分たちの育てたブドウが、どんなワインになっていくのかを、すべて見届けたいと思ったのです。」
一昨年は野鳥にブドウを食べられたり、昨年は蚊にブドウを傷つけられたり、毎年、様々な課題が現れるそうですが「新しいことを次々試すのはエキサイティングです。」 と笑顔で話す二人は、その大変な労苦を感じさせないほど楽しそうです。
「野草とブドウの木は競合しないから、一緒の場所に育っても全く問題ありません。共生できるんですよ。」
その言葉通り、ここには約30種類ものワイルドフラワーが育っているそうです。
「私たちは、自然を喜び、自然に感謝すること、サステナブルであるということが大切だと思っています。だから、他のワイン生産者とは少し考え方が違うかもしれません。」
「イギリス国内の多くのワイナリーは、フランスなど、よその土地で作られるワインの類似品を作っています。ブドウの種類や、ワインの製法などを真似して、イギリスではないどこかで作り出されたものに近づけようとしているのです。でも、イギリスのワインには歴史がない代わりに、規制もない。だからこそ、私たちは、この土地だからこそ生み出せる、イギリスらしいワインを作りたいと思うのです。」
「ライムバーン・ヒルは、ただワインを作るというだけではなく、みんなが、ブドウ栽培やワイン作りはもちろんのこと、自然について、環境について、学び合う場所にしたい。また、一緒にランチを食べて植え付けや収穫の喜びを分かち合うという、コミュニティの場にもしたいのです。」
作業をするだけの農園ではなく、散歩をしたり、ピクニックをしたり、座ってひなたぼっこをしたり……。そんな風に過ごせるように、ブドウ園の中には小道があったり、木陰をもたらす木が植えてあったりと、ここに足を踏み入れた人がくつろぐことのできる空間にもなっています。
今回、ほんの数時間滞在しただけでも、すっかりリラックスして、つま先から頭のてっぺんまで、金色の柔らかな光で満たされたような気持ちになったのは、そのせいでしょうか。
でも、ここ数十年の間に、温暖化の影響などもあってか、イギリス国内でのぶどう栽培、ワイン作りをする人々が増え続けています。そのため、今ではイングランドとウェールズで、合計700ほどのぶどう畑(商業的なものは540)を数えるほどになりました。また、2017年に生産されたワインは590万本といいます。
花が咲くのが待ち遠しいブドウのつぼみ。ライムバーン・ヒルでは、病害虫に強く、この土地に合った品種のブドウ苗をドイツから仕入れている。
特に、フランスのシャンパーニュ地方と同じチョーク質の土壌をもつ南東イングランドでは、シャンパンと同等か、それ以上とも言われるスパークリング・ワインが作られています。そして、イギリス内のレストランでは、こうした国内産ワインを提供する店も増えてきました。このように、イギリスでのワイン生産が活気づく中、バイオダイナミック農法によって、農薬や化学肥料などをいっさい使わず、「オーセンティックなイギリス産ワイン」作りをしているというブドウ園があると聞いて、訪ねてみました。
場所はイングランド南西部サマセット地方。チュウ・ヴァリー・レイク(Chew Valley Lake)という湖を見下ろす丘にある、ライムバーン・ヒル(Limeburn Hill)です。
ここで、2015年からブドウ栽培を始めたのが、ジョージーナさんとロビンさん。二人ともランドスケープ・アーキテクトということもあり、もともと自然や環境に強い興味を持っていました。それがあるとき、イギリス国内のオーガニックワインのブドウ園を訪ね、そこで口にしたワインのおいしさに驚いたのだといいます。そして、自分たちもブドウを育ててみたいと思ったのが始まりでした。
ロビンさん(左)とジョージーナさん。
世界各地の様々なブドウ園を訪ね、ブドウの育て方やワインの作り方を学びながら、理想に合った土地を探し、巡り合ったのが、この、日当たりのよい南向きの斜面でした。「2015年に1800本のブドウの苗を植えました。その時は、家族や友人を招いて、みんなでパーティをしながら植えつけをしたのですよ。」とジョージーナさん。
自然との共生、サスティナビリティの重要性を知る二人は、もともとオーガニックでブドウを育てたいと考えていました。そして、偶然にもパリのB&Bで、バイオダイナミック農法でワイン作りをしているというカップルと出会ったのだそうです。
「彼らがバイオダイナミック農法について話し始めた途端、これが自分たちのやりたいことだと気付いたんです。」ロビンさんの口調は、まるで運命に導かれたとでも言いたげです。
添加物などを一切加えない、ナチュラルワイン。
左手に湖が見える、眺めのよいブドウ畑。毎日この景色を見ることができるのは幸せだとロビンさん。
ロビンさんが説明してくれたところによると、バイオダイナミック農法とは、1920年代にルドルフ・シュタイナーによって提唱されたものだそうです。それに基づいた3つの原則に従って、ライムバーン・ヒルでのブドウ作りが行われています。まず、重要な考え方は、農園自体が生命体であり、周りの環境、自然、動物や人々と共生しながら、どのように美しく暮らしていくかだといいます。
「たとえば、ブドウ園の一部で、その土壌を肥やしたいと思ったとき、どこかまったく知らない場所から運び込んだ肥料を与えるのではなく、農場内にある木の枝を切って砕き、それを土に返して肥やす、といったことです。」
もう一つは、太陽、月、星のリズムに従って作業をすること。具体的には、月の周期に応じて、植え付け、収穫、瓶詰めなどの日にちを決めるのだそうです。
「毎年、ドイツで作られているバイオダイナミックのカレンダーを入手して、作業日程を考えます。それには、根の日、葉の日、花の日、実の日と4つの区別があります。植え付けをするなら『根の日』を選ぶ。もちろん、すべての作業をカレンダーに合わせることは不可能ですが、それでもできる限り合わせるようにしています。」
毎年発行されるバイオダイナミックのカレンダー(右)を参考に作業を進める。
そして、3つ目は9種類のバイオダイナミック調合剤(biodynamic preparations)を使用すること。これは、ネトル(イラクサ)やカモミールといった、特定の植物等を使って作ります。中でも特に珍しいのは、牛の角に牛糞を詰め、それを粘土で蓋をして、さらに土中に埋めて、半年後に掘り出すというもの。それに水を混ぜて、渦巻きができるようにかき混ぜ、反対周りにまたかき混ぜ、というのを1時間繰り返し、その溶液を土に散布するのだそうです。「かき混ぜて泡が立った様子を見ると『まるで魔術のようだ』という人がいますが、確かにそんな気もします。」とロビンさんは笑います。
イギリスにはまだ4カ所しかないという、バイオダイナミック農法によるワイン作りを始めた二人は、本を読んだり、ワイン作りのコースにいくつも通ったり、ワイン専門家の話もたくさん聞きにいったそうすが、何より大切なのは「自分たちでやってみること。」だと感じています。
バイオダイナミック農法に欠かせない調合剤。
「これまでたくさんの失敗をしてきました。でも、その度に、原因を考え、自分たちのやり方を見直し、違う方法でやってみる、ということを繰り返しています。」とジョージーナさん。「もともとは、ブドウの収穫を終えたら、ワイン作りは専門家に任せようと思っていたのです。でも、自分たちでワインも作りたいと思うようになったのは、他人の手に任せてしまったら、そこで一体どんなものが加えられているのか、自分たちにはわからなくなってしまうということに気付いたからです。それよりも、自分たちの育てたブドウが、どんなワインになっていくのかを、すべて見届けたいと思ったのです。」
一昨年は野鳥にブドウを食べられたり、昨年は蚊にブドウを傷つけられたり、毎年、様々な課題が現れるそうですが「新しいことを次々試すのはエキサイティングです。」 と笑顔で話す二人は、その大変な労苦を感じさせないほど楽しそうです。
農園ではブドウの木々と、ワイルドフラワー、ミツバチ、野生動物たちが共生する。
話を伺いながらライムバーン・ヒルを見渡すと、ブドウの木の下には、普通なら「雑草」として取り除かれてしまうような野草が茂っています。「野草とブドウの木は競合しないから、一緒の場所に育っても全く問題ありません。共生できるんですよ。」
その言葉通り、ここには約30種類ものワイルドフラワーが育っているそうです。
「私たちは、自然を喜び、自然に感謝すること、サステナブルであるということが大切だと思っています。だから、他のワイン生産者とは少し考え方が違うかもしれません。」
一般のブドウ畑よりも高い位置にブドウが実るようにしつらえてあるため、腰をかがめずに作業ができる。また、そのおかげで野草が株元に育つスペースもある。
まずはワインが先で「ワインを作ること」にこだわる人がほとんどなのに対し、ジョージーナさんとロビンさんは、この場所の自然環境ありきで、そこに合ったワインを見つけ出したいと、試行錯誤を重ねています。それはまた、本物のイングリッシュ・ワインを生み出そうとする試みでもあります。「イギリス国内の多くのワイナリーは、フランスなど、よその土地で作られるワインの類似品を作っています。ブドウの種類や、ワインの製法などを真似して、イギリスではないどこかで作り出されたものに近づけようとしているのです。でも、イギリスのワインには歴史がない代わりに、規制もない。だからこそ、私たちは、この土地だからこそ生み出せる、イギリスらしいワインを作りたいと思うのです。」
ブドウ畑を耕したときに出てきた石を積み上げて作ったタワー。昆虫の住処にもなっている。
また、二人は、このブドウ園に多くの人々が訪ねてきてほしいと願っています。「ライムバーン・ヒルは、ただワインを作るというだけではなく、みんなが、ブドウ栽培やワイン作りはもちろんのこと、自然について、環境について、学び合う場所にしたい。また、一緒にランチを食べて植え付けや収穫の喜びを分かち合うという、コミュニティの場にもしたいのです。」
作業をするだけの農園ではなく、散歩をしたり、ピクニックをしたり、座ってひなたぼっこをしたり……。そんな風に過ごせるように、ブドウ園の中には小道があったり、木陰をもたらす木が植えてあったりと、ここに足を踏み入れた人がくつろぐことのできる空間にもなっています。
今回、ほんの数時間滞在しただけでも、すっかりリラックスして、つま先から頭のてっぺんまで、金色の柔らかな光で満たされたような気持ちになったのは、そのせいでしょうか。
今年新しく購入した土地には、800本の新しい苗を植えた。もともとのメドウ(草原)があまりにも美しいので、それをなるべく残す形で植え付けをしたという。
さて肝心のワインについて。飲ませていただいた白、ロゼ、赤のどれもが、ペティオ・ナチュラル(Pétillant Naturel)と呼ばれる天然微発泡性。ブドウの天然酵母のみを使って発酵させたワインは、今まで味わったことのないものでした。クリアに透き通ってはおらず、ややにごりを残した液体は、口の中に澄み渡る青空が広がっていくような爽やかさと、野原の匂いがするような大地の舌触り。それは、土から吸い上げ、葉から染み込んだすべてがつまったブドウの味なのかもしれません。 ワインには、それぞれケルトの祝祭の名前がつけられている。白、ロゼ、赤に加えてアンバー(オレンジ)のワインも仕込み中とのこと。Photo : ©️Limeburn Hill
今年がまだ3年目のライムバーン・ヒルのワインは、これからも毎年、どんどんとその味わいを変えていくのでしょう。この春、さらに近くの土地に新たに800本の苗木を植えたといいますから、これからここでどんなイギリスらしいワインが生み出されるのか、楽しみです。ライムバーン・ヒル・ヴィンヤード(Limeburn Hill Vineyard)
住所:Westfield Farm, Limeburn Hill, Chew Magna, Bristol, BS40 8QW
ウェブサイト:http://limeburnhillvineyard.co.uk/
*現在、ワインの市販はしていませんが、テイスティング・ツアーでの購入は可能な場合があります(数に限りがあるため、確実に購入したい場合には、事前に問い合わせを)。ワインのテイスティング・ツアーや、ワイン作りのワークショップなどについては、ウェブサイトで日程を確認してください。
マクギネス真美
英国在住20年のライフコーチ、ライター。オンラインのコーチングセッションで、人生の転換期にある方が「本当に生きたい人生」を生きることを日本語でサポート。イギリスの暮らし、文化、食べ物などについて書籍、雑誌、ウェブマガジン等への寄稿、ラジオ番組への出演多数。
音声メディアVoicy「英国からの手紙『本当の自分で生きる ~ 明日はもっとやさしく、あたたかく』」にてイギリス情報発信中。
ロンドンで発行の情報誌『ニュースダイジェスト』にてコラム「英国の愛しきギャップを求めて」を連載中。
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