イングリッシュガーデンの人気者「ノーム」って誰? | BRITISH MADE

English Garden Diary イングリッシュガーデンの人気者「ノーム」って誰?

2021.05.20

「なんでこんなところに小人がいるんですか?」
思わず質問してしまったのは、十数年前、雑誌の取材で、あるガーデナーの方の庭を訪ねたときでした。
そこは私たち日本人が「いかにも」とイメージする、ハーブや薔薇が咲き誇る美しいイングリッシュガーデンでした。ところが突然、カラフルに彩られた小人の置物が目に入ってきたのです。
「これはノームといってね、イギリスではガーデンによく置かれているの。チャーミングでしょ?」
そう言われても、赤い帽子をかぶった白い髭の小人は、正直言ってチャーミングというより野暮ったい感じにしか見えません。それも唐突にそこに現れていて、まるで絵画のような美しいガーデンには不釣り合いのようにも思えました。
「ラブリー!」と言ったものの、自分だったら庭には置かないかな、という気がしてしまいました。
ノーム ガーデン・ノームは好き嫌いが明確に分かれる存在でもある。
とはいえ、「ガーデンノーム」と呼ばれるこの小人は、イギリスのガーデンではよく見かける存在です。誰かの家を訪問して庭の隅に思いがけずこの小人を見かけることがたびたびあります。また、イギリスの家庭にはたいていバックガーデンと家の前に広がるフロントガーデンがあるのですが、以前、フロントガーデンにガーデンノームをまるで狛犬のように玄関近くにふたつ並べている家を見たこともありました。

陶器だったり、石だったり、樹脂だったりと、ガーデンノームの素材には色々なものが使われています。また、アンティークのように風合いを帯びた、まるで仙人のような顔をした小人もいれば、けばけばしい色合いでドレスを纏っていたり、あるいはなぜか水着を着ていたりとその様相もさまざまです。

イギリスでは150年以上の歴史を持つ小人

ノームという言葉は、ギリシア語 ‘Genômos(地中に住む者)’に由来していると言われます。

ノームとは、ヨーロッパ各地の民間伝承とおとぎ話にでてくる妖精だと言われています。そして、現在イギリスで見られるような形のガーデンノームについては、木製のものがスイスで、また陶磁製のものがドイツで1840年代頃に作られ始めたようです。

イギリスに初めてガーデンノームがやってきたのは1867年だと言われています。イングランド中東部、ノーサンプトンに「ランポートホール」という邸宅を構える貴族チャールズ・イシャム(Charles Isham)という人物が、ドイツのニュルンベルクからランポートホールに持ち帰ったのが始まりです。

スピリチュアリストであり、当時としては珍しくヴェジタリアンでもあったチャールズ。1847年ごろから庭園内に小さな洞窟や矮性の木などを植えてミニチュアのロックガーデンを作っていた彼は、ガーデンノームたちが自然を守る存在だと信じていました。ランポートホールの記録には、チャールズがロックガーデン内にそのガーデンノームたちを置いた最初は1867年とあるそうです。きっと彼は、自分の寝室の窓からよく見えるそのロックガーデンと、その庭を守るガーデンノームを毎日眺めていたに違いありません(残念ながら彼の死後、このガーデンノームたちは娘によって空気銃で破壊されて、現存するのはたった一つだけだそうです)。

以来、イギリスで知られるようになったガーデンノーム。その後1937年公開のディズニーアニメ映画「白雪姫」に登場した「7人の小人」の影響もあってかイギリス国内で大変な人気となりました。

イギリスの春 5月のイギリスは一年のうちでも最高に美しい風景がみられる季節。
庶民の間で人気とはいえ、1804年設立のイギリス園芸界の権威ともいえる王立園芸協会は、その存在の価値を認めてきませんでした。一説にはその理由が、ガーデンノームは下位中産階級(the lower middle class)のための装飾品であることだからだと言われていました。またそのため、王立園芸協会が主催する、世界でもっとも有名なガーデニングの祭典チェルシーフラワーショウでは「植物の鑑賞への妨げになるため、色付きの彫像を展示してはいけない。」という理由をもとに、フラワーショウ内でガーデンノームが飾られることは長らくありませんでした。

ただし、一度だけ展示を許されたのがチェルシーフラワーショウ100周年にあたる2013年。この年は有名人によるデザインのガーデンノームをはじめとする150体がフラワーショウに並び、ニュースになったほどです。

ノーム お気に入りのフットボールチームのユニフォームを着たノームを買うこともできる。

ロックダウン中の支えとなる小人たち

上流階級の人々からどう思われようとも、ノームがイギリスの人々にとって大切な存在であることは変わりません。

普段からガーデニング好きとして知られるイギリスの人々ですが、ロックダウン中のイギリスでは、ガーデニングをする人がさらに増えました。

多くの人がガーデニングに精を出しているロックダウン中のガーデンセンターはいつも以上の賑わいで、ノームの需要も増しています。ところが、大変ショッキングなニュースが飛び込んできました。それは、3月23日に大型コンテナ船「エバーギブン」がスエズ運河で座礁したというものです。スエズ運河は世界の海上貨物の要の場所と言われます。この座礁のために多くの貨物船が一時的に通航待機を強いられたため、国際輸送が混乱しました。そして、この影響を受け、イギリス国内ではさまざまなな物資と同様に、ガーデンノームが不足するという事態に陥ったのです。

イギリスの新聞『ガーディアン(The Guardian)』によれば、ロックダウン中のガーデニングブームに乗じて人気の園芸用品が供給不足となっており、ノームもその一つに数えられています。すでに品薄となっていたところに、スエズ運河の座礁事故で、ノームを作るための原材料となるプラスティック、石、コンクリートなども不足していることが、ノーム不足に拍車をかける形になっているようです。

先日、このコラムを書くために近所のガーデンセンターに出かけてみましたが、ノームは見当たりません。お店の人に尋ねると、「近いうちに入荷すると思うけれど、いつになるかはわからない。」ということでした。
ノーム ガーデン・ノームの人気は、これからもまだまだ続きそう。
私自身は庭にノームを置きたいとは今のところ思っていません。でも、庭にたたずむこの小さな妖精たちの姿に和んだり、笑顔になったりする人たちのことを考えると、一人でも多くのノームが少しでも早くイギリスのガーデンセンターに戻ってきてほしいと願わずにはいられません。

*以前取材したロンドンのガーデンミュージアムにも、ノームの展示がありました。ウェブサイトでも所蔵品の一部を見ることが可能です。
https://gardenmuseum.org.uk/theme/gnomes/


Photo&Text by Mami McGuinness


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マクギネス真美

マクギネス真美

英国在住20年のライフコーチ、ライター。オンラインのコーチングセッションで、人生の転換期にある方が「本当に生きたい人生」を生きることを日本語でサポート。イギリスの暮らし、文化、食べ物などについて書籍、雑誌、ウェブマガジン等への寄稿、ラジオ番組への出演多数。
音声メディアVoicy「英国からの手紙『本当の自分で生きる ~ 明日はもっとやさしく、あたたかく』」にてイギリス情報発信中。

ロンドンで発行の情報誌『ニュースダイジェスト』にてコラム「英国の愛しきギャップを求めて」を連載中。

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